bar bossa 林さん「独立したいなら、やったほうがいい。やり直すことは何度だってできる」

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「独立したいなら、やったほうがいい。失敗してもやり直すことは何度だってできる」bar bossa店主・林伸次さんインタビュー

東京・渋谷で17年以上にわたりワインバー「bar bossa(バールボッサ)」を経営する林伸次さん。店主として店に立つ傍ら、選曲CDやCDライナー執筆を手がけ、カフェ・レストラン専門誌や一般向けウェブメディアで連載も持つ。2013年には、店に来店していた書籍編集者の提案がきっかけで、初の著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』が生まれた。なぜ、多くの人が林さんやbar bossaに惹かれるのか?盛衰の激しい大都市で、林さんが長年にわたりバー経営を続けられているのは、どうしてなのか?昼下がり、開店前の「bar bossa」にお邪魔してお話を伺った。


23歳で独立することを決め、2つの飲食店で4年間修業

林さんが「ボサノヴァのバーを始めよう」と決めたのは、23歳の時のこと。その頃、林さんは中古レコードショップでアルバイトをしていた。

「僕は大学を中退してバイトしていたんですが、当時の年収は200万円台。家族を養っていけるだけのお金を得ようと思ったら、独立するしかなかったんですね。それに、ボサノヴァのバーをやろうと思いついたことも大きかったと思います。

それまで、ジャズバーやロックバー、レゲエバーなんかはあっても、ボサノヴァのバーはなかった。だから僕が最初にやれば、すぐにお客さまが来るんじゃないかと思ったんです。"ボサノヴァ好き"の人口は2万人、10万人など諸説ありますが、いずれにしても結構たくさんいますからね」

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独立を目指すと決めると、林さんはレコードショップを辞め、修業のために飲食店で働いた。まず、ブラジリアン・レストラン「バッカーナ&サバス東京」で2年。その後、ショット・バー「フェアグランド」で2年。「いずれのお店でも、入るときに『いつか独立したいので学ばせてください』と伝えていました。だから仕事をしながらいろいろ質問もしましたし、『いつかお店をやりたいんです』ということはずっと言い続けていました。

この修業期間中に多くのことを学びましたが、特に『フェアグランド』で働いた2年間の経験は大きかったですね。そのバーを経営していたのが、あの中村悌二さんだったんです」

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株式会社カゲン代表の中村悌二さんは、飲食店のプロデュースを多数手がけるほか、廃校跡地を利用した学校「スクーリング・パッド」でレストランビジネスデザイン学部長も務める、飲食業界では有名な存在だ。林さんは、その中村さんと毎日2人きりで一緒に働いていたのだという。

「今では『中村さんってお店に出てたの!?』と言われるような方ですが、その頃に中村さんが経営していたお店はまだ2軒だけでしたから、自分でもカウンターの中に立っていたんです。僕は中村さんから、バーの接客などたくさんのことを教えてもらうことができました」

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この記事の執筆者

千葉はるか(Panchro.)
千葉はるか(Panchro.)

2000年に日経ホーム出版社(現日経BP社)入社。金融情報誌、デジタル情報誌の編集部で編集記者職に従事。2006年にリクルートに転職し、新卒向け就職情報誌の編集を手がける。2008年、エディトリアルデザイナー兼イラストレーターの姉とともに会社を設立し独立。フリーのライター・編集者として書籍、雑誌、ウェブサイト等の制作に携わっている。

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