私が会社勤めをやめて起業した理由~40歳・学習塾経営 松下さん(仮名)の場合~

2023/12/04更新

この記事の執筆者阿部桃子

いつかは起業したい……でも、「食べて行けるだろうか?」「自分は経営者に向いているかわからない」などの不安がよぎり、最後の一歩が踏み出せない人もきっと多いことだろう。そんな不安を拭い去り、思い切って会社を立ち上げたり、独立・開業を果たした起業家たちをインタビュー。今回は大手学習塾に9年間勤務したのちに独立し、個人学習塾を開業し、法人化して現在も経営している松下さん(仮名・40歳)の本音に迫ります。

学習塾経営 松下さん(仮名・40歳)の場合

PROFILE

  • 職業:学習塾経営
  • 年齢:40歳
  • 経歴:大手学習塾正社員→個人事業主として個人塾を立ち上げ→2年前合同会社に
  • 年収:2600万円
  • 家族構成:妻、子ども2人

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教師になるのが夢だった

子どもの頃から学校の先生という職業に憧れていたという松下さん(仮名・40歳)。

「でも、いざ大学に入学し、教職課程を取ろうと思ったとき、自分のキャンパスでは教職の単位が取れないことに気づきました。遠くにある別のキャンパスに通うのは難しいという事情もあり、断念しました」

また大学入学と同時にアルバイトを探していた松下さん。「塾でアルバイトをすれば、子どもに教える体験ができる」という気持ちで、塾講師のアルバイトを始めることにした。

「まぁ、甘かったですね(苦笑)。生身の子どもを相手にするのは本当に難しいと感じました。ただ教えるのではなく、伝え方、コミュニケーションを工夫しなければなりませんし。しかもあまり得意ではない理科を任されていたので、最初の半年~1年は予習も大変で、なかなか思い通りには行きませんでした」

その後次第に、「教える」という仕事に魅了されていった松下さん。しかし大学3年生になると、就職活動の波にもまれることになる。

「当時は就職氷河期末期。男子の仕事といえば、営業の仕事がメインでした。でも、商品を人に売る仕事がしたいとは思えなくて。塾講師の仕事は好きだから、続ける価値があると思っていたんですけどね」

なお、塾業界では、講師のアルバイトをしていた学生がそのままその学習塾に就職するというケースが多々あるそう。

「実際アルバイト先にもそういう先輩がたくさんいましたし、自分も、という気持ちがないわけではありませんでした。ただ、どうせ就職するなら、他の学習塾を回ってから決めようと思ったのです。

そして、アルバイト先とは別の大手塾から内定をいただくことに。全国展開していることや安定していて組織もしっかりしているという点が決め手になりました」

配属2日目に上司から言われた衝撃のひとこと

しかし入社後、配属2日目に上司に呼ばれて、「君たちは『営業職』。『教師職』じゃないから」とクギを刺されてしまう。

「要は、生徒さんや親御さんに講習や合宿などのオプションをすすめて、ひとりひとりの単価を上げて、売り上げを増やせということ。教え方がうまいとか、生徒や保護者からの信頼が厚いとか、そういうことは評価されませんでした」

ここは学生アルバイト時代には見えていなかった部分。それだけに、戸惑いは隠せなかった。また、そんな売り上げに追われる上司を見て、「この会社で出世することが自分の望む道ではない」と感じるばかりであった。

ただ、塾のスタッフは夜も土日も働き、忙しそうなイメージもあるが、

「当時その会社は上場2部から1部上場を目指している途中だったので、労働環境はちゃんとしていました。残業代も休日手当も出ていましたし」

とはいえ、新入社員は慣れない授業の準備、内部生、外部への営業、その他の事務作業など、単純にやることが多い。通常の出社は昼過ぎで、退社は夜24時位だったが、なかには朝10時に出社、夜中の24時半くらいまで仕事して、帰宅すると疲れて玄関で寝てしまうという同僚もいたという。

「若い先生をたくさん採用して、パワーと勢いで乗り切るような。今思えば、昭和な雰囲気の会社でした」

塾業界は離職率が高く、独立も当たり前

実は塾業界は離職率が非常に高く、会社によっては入社3年目以内に退職する割合が8割のところもあるという。

「確かに体力的にも精神的にも大変ですし、休日やアフター5がない=出会いがない、なんていう声も多いですね。アフター5から生徒が来る時間ですから」

そんななか入社2年目くらいから、「自分で塾を設立したい、自分がやりたい教育を実践したい」と考えるようになった松下さん。

「アルバイト時代の上司が塾を起業するという話を聞きまして。そういう道もあるんだと思いました」

でもその話はすぐ立ち消えに。3~4年後、松下さんも仲のいい先輩と塾設立の計画を立てたものの、実現には至らなかった。

「まだ経営の知識も乏しく、やって行ける見通しが立たなかったのが大きな理由ですね」

再就職を考えたら32歳までに起業しなければ

そして入社9年目にして、塾設立を決意、一気に準備を進めることになる。

「10年前といえば、35歳を過ぎて転職するのはかなり厳しい時代。もし起業して失敗し、再就職することを考えたら、32歳位までに起業しないとまずいと焦っていました」

そんなときに偶然、県の商工会の起業セミナーの広告を目にする。

「日程を見ると全部自分の公休日に当たっていたので、これは行くしかないと即申し込みました」

7回に渡るセミナーでは、中小企業診断士の方が講師を務め、事業計画書の書き方、マーケティングの基本、ケーススタディなど、実践的な内容を学んだという。

同業者をはじめ、デザイナー、カメラマン、企業研修主催者など、さまざまな業界の参加者との出会いも刺激になった。

その時点ですでに一家の大黒柱だった松下さん。家族の反対はなかったのだろうか?

「いつかは独立すると妻に伝えていましたから、反対はありませんでした。内心では堅実に稼いでほしいと思っていたかもしれませんが。

後で聞いた話によると、私がやりたくない仕事をしてイライラした状態で帰宅されるより、好きなように仕事をして、笑顔でいてくれたほうがいいと思ったとのことです」

しかし、9年務めた会社からは引き止められることに。

「ちょうど辞める、辞めないの話をしているとき、自分が体調を崩して入院してしまいました。役職が上がるにつれて売り上げ増のための理不尽な指示が下りてくることもあり、心身ともに過労が限界にきていたのだと思います。そうなるとさすがに会社も納得してくれました」

こうして退職したあとからは、資金集めと物件探しに奔走する。

「実はお金に関しては本当に何も考えていなくて。退職金と会社員時代の持ち株の積み立てと、銀行で借り入れた資金で何とかしました。

物件に関しては、自分の使っている駅の地域でニュータウンを造成中で、これから人口が増えると分かっていたので、地元で教室を開くことに。駅前に塾に最適な物件があったので、地元の不動産屋さんに管理会社を紹介してもらい、すぐに決まりました」

また机や椅子などの備品は中古で安く手に入れることができた。

「パソコン類もディスカウントストアで購入したため、低予算で抑えられました」

無事開校!でも集まった生徒は3~4人だけ

「よく大手塾を辞めて起業するとき、生徒さんをごっそり引き抜いていく人がいます。でも自分は絶対にそんなことはしないと決めていました。そうなると、最初の生徒さんを集めるのがすごく難しくて……。結局、最初は息子の同級生3名が来てくれただけでした。何とかなるとは思っていましたが、当時は本当につらかったです」

授業がない曜日もあり、教室でひとりぽつんと事務作業をした日もあったという。

「結果的に初年度は大赤字でした。反省点は準備期間中にもっと同業他社の方の話を聞いておけばよかったということ。そうすれば、集客方法をはじめ、自分の事業計画の甘いところも分かったと思います」

なお、こういう事態を避けるために、大手塾の看板がもらえるFC(フランチャイズ)での起業は考えなかったのだろうか?

「FC(フランチャイズ)塾が一同に集まる説明会に行ったこともありました。宣伝のノウハウも分かっていますし、内装工事から机や椅子をそろえてくれるなど、メリットはあったのですが、とにかくイニシャル(初期費用)が高い! 個人塾の立ち上げ費用に比べて2~3倍でした。その分、あとで儲かると収入モデルを提示されましたが、そんなに世の中は甘くないと思って、断念した経緯があります」

PR、クチコミ効果で生徒数が倍に

「とにかく生徒を増やさなければと、ホームページとチラシを作り、ニュースレターも配りました。ポスティングも自分でやりましたね」

その宣伝の効果と、生徒からの評判が広がり、初年度の夏休み明けには生徒が20人に。翌年の4月には30人に増えていた。

「その後は生徒も順調に増え、アルバイトの講師も来てくれるようになりました。そして開校5年後には別のニュータウンにもうひとつの教室を開校できました」

ピーク時の生徒は130人。現在は80人程度に落ち着いているというが、

「生徒をただ増やせばいいかという訳ではなくて。授業のコマ数や一回あたりの受け入れ人数を増やせば当然、講師の人件費やそのほかの経費がかかってしまいますし、ひとりひとりの生徒をしっかりと見てあげられなくなってしまいます。そこをどうするかがここ数年の課題ですね」

また2年前、経営形態を個人事業主から合同会社に変更した。

「会社について、最初は人を雇って大きくしようとは考えていなかったので、個人事業主でスタートしました。でも、徐々に社員も入り、アルバイトも7~8人に増えたので、社会保険などの制度も整えてあげたいと思って、法人化しました」

となると経理関係も複雑になりそうだが「実は学生時代、暇な時に簿記3級を取得しました。複式簿記などの知識もそれなりにあったので、経理関係は全部自分でやってきました。確定申告も税理士さんに頼んだことは一度もないです」

経営も運営も時代に合わせて進化し続ける

「この10年、新しいものはスピーディに取り入れ、ダメだと思ったものは無くしながら事業を進化させて来ました。

例えば宣伝はチラシのポスティングをやめて4~5年前からSNS・ブログ中心に。また、動画で教室の様子を公開したり、LINEを使って保護者に授業の報告をしたり、保護者や生徒といつでもLINEで連絡が取れるようにもしました」

大きい組織だとなかなかできないことも、「ちょっと試してみようか?」とすぐ実践できる上、それが利用者の満足度向上にもつながっていると実感できるという。

夫婦の役割分担でワークライフバランスもキープ

ただ、起業したことで、以前より忙しくなったということはないのだろうか?

「確かに忙しいですし、休みも少ないかもしれません。そのため、自分で会社を始めてからは、妻と働く時間をずらしました。妻は朝から昼まで働いて、私は昼か夕方から夜まで働く。

朝、子どもを起こして朝ごはんを作って一緒に食べて、学校に送り、洗濯するところくらいまでは私が担当しています」

夜、家にいられない分、子どもとは朝の時間帯にコミュニケーションしているのだという。

少子化でも大丈夫!やりたい教育が実践できる幸せ

学習塾で起業したというと、必ず返ってくるのが「少子化だけどやって行けるの?」という答え。

「現在共働きは当り前で、親御さんも忙しくなっています。そのため、子どもの居場所としての学習塾のニーズが、より一層高まってきていると感じます。

また、まだまだ日本は学歴社会ですし、その傾向が続く限り、塾業界は安泰だと思っています。ただ、以前勤めていた学習塾の先輩が子どもたちに、『先生の言うとおりにやれば大丈夫だから。言う通りにやりなさい』と言っているのを聞いて。私は『それは絶対に違う』と思いました」

確かに塾に行けば何とかしてくれる、成績が上がる、●●高校に受かる、という思いで入ってくる生徒は少なからずいる。

「でも結局やるのは生徒本人ですから。何でもかんでも1から10まで教え込み、言う通りにやらせるのでは、子どもが自発的に考え学ぶ姿勢が育ちません。

それを踏まえて今一番気を付けているのが、生徒に模範解答を1から10まで教えないこと。この子なら1言えば10分かる、と思ったら、1しか言わない。答えの手前までしか言わないなど。うちの学習塾として、ここだけはずっと大切にして行きたいと考えています」

松下さんは、起業前に参加したセミナーの仲間に言われたことが今も忘れられないという。

「これから日本、社会を変えようと思ったときに、教育が変わらなければ何も変わらない。教育は未来を作る仕事なんだから、あなたが起業することが社会貢献になる、頑張りなさい、と激励されました」

そう、教育とは未来を作ること。

子どもたちの10年後、20年後を見据えて、「自ら学ぶ力」を身に付けられるように、松下さんは今日も教壇に立っている……。

Photo:塙 薫子

この記事の執筆者阿部桃子

早稲田大学卒業後、出版社、テレビ局勤務などを経てフリーランスに。専門分野は教育・育児支援、ビジネス、キャリア。『日経トレンディ』『AERA with Kids』『Bizmom』などで執筆。2児の母。活字好きの子どもを増やすべく、地域で読書ボランティア活動にも励んでいる。

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