世の中には様々な専門店がありますが、なんと埼玉県にはクレーンゲームしか置いていないゲームセンターがあるのだとか。しかも、クレーンゲームの台数が世界一で、景品の種類も世界一!いったいどういった経緯でクレーンゲーム専門のゲームセンターを始めることに……?
スモールビジネス事業者やこれから起業を考えている方たちにとってビジネスに役立つヒントがきっとあるにちがいない! ということで、ライターの斎藤充博が埼玉県行田市にある「エブリデイ行田店」で話を聞いてきました。
※この記事は2020年2月21日に取材したものです。
こんにちは。ライターの斎藤充博です。埼玉県行田市にある「エブリデイ行田店」に来ています。
こちらはクレーンゲームの専門店。350台ものクレーンゲームがあるんです。
「1店舗あたりのクレーンゲーム設置台数」でギネス世界記録にも認定されています。
普通にぬいぐるみのクレーンゲームもあるし......。
「宝石」をとれるクレーンゲーム、なんてものもあります。
砂から出ているヒモにクレーンを引っかけると、
こんなふうに小さな箱に入った宝石が取れます。
ちなみにこちらのお店は、ほぼ「周りに何もない」ところにあります。お店以外には田んぼと国道バイパスくらいしか見えません......。
なぜこんな場所に、クレーンゲームを大量に置いたお店を作ったのか。クレーンゲームってそんなに儲かるのか。
創業社長の中村秀夫さんに話を聞いてみました。
斎藤:いろいろ聞きたいことはあるのですが......。なぜクレーンゲームの専門店を作ったのでしょうか?
中村:まあ、私はクレーンゲームにとりつかれてしまった男ですからね。
斎藤:いきなり意味深なセリフきましたね。
中村:私は28歳の時にディスカウントストアを経営していたんです。まあまあうまくやってたのですが、そのときに一つ気づいたことがあったんです。お客さんからしたら、「レジでお金を払う行為」って、別に楽しくないですよね?
斎藤:「お金を払う行為」......? 考えたことなかったですが、楽しくはないですね。商品が欲しくてお店に行っているのだから、お金を払う行為はそのときにどうしても発生してしまう「作業」かな、って思います。
中村:そうでしょう? 私がどんなに経営をがんばっても、お店の中でレジに並んでいる人はつまらなさそうにしている。みんな、お金を払って、早く帰りたいわけです。
斎藤:それって普通のことではないでしょうか......?
中村:ところが、クレーンゲームは違う。クレーンゲームって、お金を入れる瞬間から楽しいと思いませんか?
斎藤:なるほど......。確かに、そうかもしれません。でもそれは、ゲームだからですよね。
中村:しかし、そう思わずに、ディスカウントストアのレジを、クレーンゲームに置き換えたらおもしろいんじゃないかって思ったんです。
斎藤:置き換える。すごい発想ですね......。
中村:この方が楽しいじゃないですか。クレーンゲーム専門店の方がディスカウントストアよりもずっとお客さんを笑顔にできる。
斎藤:おっしゃっていることの理屈は理解できるんですが、実際にそれをやってしまったということですか?
中村:そうです。最初はディスカウントストアの片隅に、クレーンゲームが1台だけあったんです。それが10台、20台......。どんどん増えていきました。
斎藤:それ、お客さんからしたらメチャクチャ変な店に見えていると思います!
中村:かもしれませんね。そのお店は売場面積が500坪くらいだったんですが、最終的にすべてがクレーンゲームになりました。
斎藤:ディスカウントストアがクレーンゲーム屋さんになっちゃった。
中村:それだけじゃ足りなくて、私はもっとクレーンゲームを増やしたくなったんですよね。埼玉県と群馬県に同じようなクレーンゲーム専門店を5店舗ほど作ったんですよ。
斎藤:(「クレーンゲームにとりつかれた」って言っていたのはこのことか)
中村:そして2011年にその5店舗を閉店しました。新しい店舗を作って、閉店した店のクレーンゲームをすべて1店に集めたんです。クレーンゲームの台数が世界一ということになり、ギネスにも認められました。
斎藤:それがここの店舗ですか! 5店分が合体しているんだから、すごいはずですね!
斎藤:ギネスに認められたのはいいんですが、クレーンゲームってそんなにたくさんお客さんが来るんでしょうか? これだけクレーンゲームがあると、持てあますような気がしますが。
中村:エブリデイ行田店で言うと、最初の3年くらいは完全に赤字でしたね。なにしろ、認知されていないから、お客さんが全然来ない。朝の掃除の時に、クモの巣があったんですよ。それを取り除いても、夕方にまた同じ所にクモの巣ができている(笑)。
斎藤:(こういうときに同調して笑っていいか悩ましい......)
中村:いずれはお客さんが来てくれるだろうという信念の元に続けていました。きっかけはテレビです。「月曜から夜ふかし」(日本テレビ系)という番組に取り上げられたことで、お客さんが一気に増えました。いまでは週末になると店内が歩けないくらいのお客さんであふれています。
斎藤:確かにこのお店を続けていたら、絶対に取材が来ますよね。僕もこうして取材に来ているわけですし......。それにしてもここまで思い切れるのはすごい!
斎藤:店内を見ると「10円」でできるクレーンゲームも多いですね。
中村:そうですね。お子さんにも楽しんでもらうために、意識的に10円クレーンゲームを多く置いています。普通のゲームセンターでは、小学生以下のお客さんは楽しめないと思うんですよ。
斎藤:小学生以下に100円は高すぎるんですかね。
中村:そうです。親はあまりたくさんのお金を使わせたくない。1回プレイした後に、子どもの手を引っ張って「もう帰るよ」とうながすことになる。それで子どもは泣いちゃう。こういう光景ってあると思うんです。
斎藤:見たことありますね。
中村:10円ならば親もお子さんに満足させられるまで遊ばせられるんです。
斎藤:なるほど......。子どもが来たがれば、親も来ますもんね。いい戦略ですよね。
中村:また、誰でも取れるような、ものすごく簡単な設定のクレーンゲームも置いています。これも満足度が高いと思います。
斎藤:簡単なクレーンゲーム?
中村:やってみます?
斎藤:一見普通のクレーンゲームに見えますが......。
▲本当に簡単に取れた
斎藤:あっ。取れた!
中村:このクレーンはツメが3つになっていて、取りやすいんですよね。これなら何かしら持って帰ることができます。
斎藤:とりやすいのはいいんですが、これってお店は損しないんですか? その分たくさん売り上げているから平気なんでしょうか?
中村:いい質問ですね。クレーンゲームにかかる経費の話をしましょう。景品代は業界の申し合わせで800円までと定められています。
斎藤:思ったよりも少ない。
中村:クレーンゲームの台は1台100万円くらいでしょうか。メンテナンスをしながらも、かなり長い間使えます。エブリデイ行田では他社で使わなくなった機械を下取りし、修理して使っていることもあります。
中村:そのためにエブリデイ行田にはかなり古いクレーンゲームもあるんですよ。これなんか、そうとう古い物ですね。
斎藤:確かに、こういうタイプ昔よく見ましたね。懐かしい......!
中村:経費削減を念頭においてやっていることですが、むしろ古さも楽しんでもらえると、うれしいですね。
斎藤:景品の値段はきっと他社とそこまで変わらない。クレーンゲームの台も、工夫していると言ってもきっとそう差がつかないでしょう。エブリデイ行田が違う点というのはあるんですか?
中村:エブリデイ行田が一番違うのは「土地代」ですね。実は、クレーンゲーム専門店の損益分岐点は「土地代」でほぼ決まると思っています。
斎藤:土地代?
中村:クレーンゲームの専門店って、都心の駅前にはよくありますよね。でもエブリデイ行田は駅前ではなくて、土地の安い郊外にあります。
斎藤:なるほど。土地代が安い分、「取りやすさ」や「10円クレーンゲーム」でお客さんに還元しているわけですね! ひょっとしたらここにお店をまとめたのも、そのため......!
中村:そう。お客さんからしたら取りやすさが一番だと思っています。だからエブリデイ行田は楽しいお店なんです。
中村:それから土地代が浮いた分を「人件費」にもつぎ込んでいますね。
斎藤: クレーンゲームのお店に人件費っていうのがイメージできないですが......?
中村:そもそも、クレーンゲームって意外と人の手がかかるんですよ。ディスカウントストアよりもずっとかかります。お客さんが景品を取ったら、その都度スタッフが補充します。クレーンの操作で、景品が取りにくくなってしまったら、それもスタッフが直さなくてはいけません。
▲取りにくい景品の例。斜めになってしまっている
斎藤:クレーンゲームというと、機械を相手にしている印象が強いですが、人が細かい調整をしないといけないんですね。
中村:そうなんです。それに、うちは他社と決定的に違うことがあります。うちではスタッフが「景品を取れないお客様」を見つけたら、近付いて取り方をアドバイスするんです。
斎藤:それはすごい。僕が従業員だったら間違いなく「見てないフリ」をしますね。取れないお客さんに声をかけたら、怒られそうだし。
中村:それが普通です。何度も研修をして、スタッフの教育をするんです。それがないと、お客さんに「ちゃんと取れていますか?」って切り出せないですね。
斎藤:スタッフ教育、けっこう大変そうですね。
中村:膨大な時間がかかります。人件費で言うと、他社の10倍くらいはかかっているんじゃないのかなって思いますよ。
斎藤:クレーンゲームの台数でギネス記録を取って、お店も繁盛しているということですが、これから中村社長がやっていきたいことはありますか?
中村:そうですね。......実は、昨年にエブリデイ行田店よりも規模の大きなクレーンゲーム専門店「とってき屋」を埼玉県の八潮市に出店しました。
斎藤:こちらより規模が大きいというと......? ひょっとしたら世界一はそちら?
中村:エブリデイ行田の350台に対して、とってき屋では450台あります。まだギネス記録の申請は出していないのですが、世界一はそちらの店舗ということになりますね。自分で抜いちゃいました。
斎藤:(ギネス記録を持っている店ということでエブリデイ行田に来たけど、とってき屋を取材すればよかったかもしれない......!)
中村:昨年とってき屋を開店したことで、だいぶ商売を拡大できたと思っています。これ以上に拡大する気持ちはいまのところはなくて、もっと既存のお店をおもしろくしたいですね。
たとえば、クレーンゲームでフードコートを作りたいんです。エブリデイ行田にも「レトルトカレー」と「パックご飯」のクレーンゲームがあります。また、レンジと食器もあるので、ここで食事ができる。
これをもっと拡大したようなことをしたいですね。カップヌードルとか、牛丼とか、電子レンジで調理できるような物なら増やしたい。
斎藤:電子レンジこれですね。ちゃんとイスとテーブルも置いてある......。たとえばクレーンゲームに冷凍食品を置けたら、いろいろ広がりそうですよね?
中村:冷凍食品はクレーンゲーム自体を冷凍使用にしなくてはいけないから難しいですね。逆に常温で保存できる物なら、たいていの物ができると思っています。野菜や果物などはエブリデイとってき屋でもすでに置いていますね。
斎藤:中村社長がここまで商売を大きくできた理由って、なんだと思いますか?
中村:まず商売というのはマネされないようにするのが一番なんですよ。そのために注意したいのは、安易にITで勝負しないことですね。ITの仕事は立ち上げやすいのですが、上手くいったとしてもすぐにマネされてしまうんです。
斎藤:確かにwebサービスや、スマホのアプリを作って成功しても、巨大資本にマネされておしまい、みたいなケースをときどき見かけますね。
中村:アナログに徹するのが生き残るコツですね。他社がめんどうくさくてやらないこと、それを愚直にその人らしく続けていくのが一番だと思います。
斎藤:なるほど......。それって、クレーンゲームの景品の位置を調整したり、とれない人にアドバイスしたりという部分に現れていますよね。ありがとうございました。
▲インタビューが終わった後にフォトスポットで遊ぶ僕
というわけでクレーンゲーム専門店の「エブリデイ行田」でした。クレーンゲームって、きっと誰でも見たことがあるんじゃないでしょうか。しかし、これ一つでこんなに商売になるなんて思ったことはありませんでした。
世の中にありふれた物でも、深く追求してゆくとまったく違う意味を持ってくる。ひょっとしたら商売の種っていろいろなところに転がっているのかもしれない。そんな風に思いました。
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