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照英さん「やるかどうか悩むのではなく、まずやってみる。悩むのはその後でいい」

公開日:

執筆者:千葉はるか(Panchro.)

「やるかどうか悩むのではなく、まずやってみる。悩むのはその後でいい」 タレント・会社経営者 照英さんインタビュー

熱くて涙もろいキャラクターで知られる、タレントの照英さん。大学時代はやり投げの選手として国体などで全国トップクラスの成績を残し、卒業後は鍛え上げた身体を活かしてファッションモデルとして活動。その後、俳優、タレントとして新しい活躍の場を次々と切り開いてきた。近年は秘境を旅する番組や子育て番組などをフィールドに、照英さんにしか醸し出せない魅力を放ち続けている。
そんな照英さんには、実は会社経営者としての顔もある。芸能界にデビューする際、芸能事務所に所属することなく自分で会社を設立。以来、10年以上にわたって会社を切り盛りしてきたという。そもそもなぜ会社を立ち上げようと考えたのか、経営者として「商品」である自分の価値を高めるための工夫、独立・起業を目指す人へのメッセージなどを伺った。



とにかく「やる」と決め、「自分はできる」と信じる

照英さんが会社を作って独立したのは2002年、28歳のときのこと。もともとモデルエージェントに所属してファッションモデルとして活動していたが、この頃、テレビの仕事が増えつつあった。タレントとしてのマネジメントが必要になったとき、芸能事務所に入るのではなく、自分で会社を作るという道を選んだ。

照英氏「最初はいろいろな芸能事務所の話を聞いてみたんです。でも、どの事務所でも服装などのイメージ作りについて細かい指示があって、もし入ったとしても自分が萎縮してしまいそうなことが気になりました。もちろん、芸能界で『商品』として出て行くにはしっかりとイメージを作ることが必要不可欠ですが、僕は自分らしくないイメージを作るのは得意ではありませんでしたから。それに、『私のことをこの世界のトップにしてくれますか?』と聞いてみても、『わかりません』としか言われなかったんです。それなら、自分でやりたい放題やってみようと思いました」

これから本格的なタレント活動にチャレンジしようというタイミングで、マネジメントにもゼロから挑戦することを決めた。このときに限らず、照英さんは常に「やるかどうか悩むのではなく、まずやってみる。悩むのはその後でいい」というスタンスで物事に臨んでいるのだという。

「何事も、『できない』と思ったことがないんです。もちろん、先が見えないことはありますよ。でも、自分が自信を持てなければ、周囲の人はそれを感じ取って不安になるでしょう。だから、とにかく何でも『やる』と決め、『自分はできるんだ』と信じるんです。すると、周りの人たちも共感して力を発揮してくれるもの。これが経営者に求められる統率力だと思います」

決断を迫られたら、スピーディーに結論を出す

独立後、活躍の場をどんどん広げてきた照英さんだが、すべてが順風満帆だったわけではない。「一番の大きな失敗は、芸能事務所社長として所属タレントを育てられなかったこと」と振り返る。

照英氏「会社を立ち上げたとき、オーディションを実施したり知人のツテをたどったりして、タレントやモデルを集めたんです。多いときは十数人、所属していました。でも、それなりに仕事を取ってくることはできても、所属タレントが自分の名前で食べていけるまでにはできなかったんです。商品としてのタレントを作り、人の心を動かせる人材を育てるのは、本当に難しいものだと痛感しましたね」

稼ぎ頭は、照英さん一人。そんな状況を、税理士など専門家のサポートも受けながら何とか乗り切ってきた。だが、いよいよ「このままでは会社が立ち行かなくなるのは時間の問題」という段階になったとき、照英さんは所属していたタレントやモデルを別の事務所に移籍させ、全員を手放すことを決断した。

「経営者のなかには、困難な局面になっても『まだいけるのでは』と考えて粘る方もいると思いますが、自分はそうは考えませんでした。早々に規模を縮小して照英というキャラクターのマネジメントに徹することを決め、少数精鋭の体制を作って経営を合理化。その結果、利益を大きく伸ばすことができたんです。何らかの決断を迫られたときは、スピーディーに結論を出すことが会社経営のポイントだと思います」

常に"未来の照英像"を考える

30代に入ったとき、照英さんは人気時代劇のレギュラーを辞めた。時代劇に専念している限り、CMやバラエティ番組、ほかのドラマの仕事など可能性を広げていくのは難しいと考えたからだった。だが、それは安定した収入を自ら手放すことを意味していた。

照英氏「たくさんの人から、辞めるべきじゃないと言われました。でも、自分では『さて、これから俺はどんな仕事ができるんだろう』と興奮していたんです(笑)。"未来の照英像"を考えるのが楽しくてね。僕はいつも、自分に何ができるか、どんなキャラクターを作っていけるかを考えているんですよ。例えば『結婚して子どもが生まれたから、子育てのことも仕事にできるようにしたいな』とか、『人間を大きくするために旅をしてみよう。続けていけば、いずれは文化的な情報の発信もできるようになるかもしれない』とかいったことを考えて実践してきた結果が、現在の照英に繋がっています」

自分の引き出しを増やすための準備は怠らない。照英さんは、いつもさまざまなジャンルの本を買いあさっては読み、ネットで情報を収集し、考えたことなどを記録している。「今、身につけようとしていることが役立つ仕事がいつか絶対に来る、そのために情報を集めているんだ」と信じて、突き進む。

「『旅をしよう』と思ったら、日本の城や絵巻物の見方を解説した本とか、滝や世界遺産や秘境の情報を集めた本なんかを買ってきて読むわけです。そういう準備をしておくと、たとえば旅番組のスタッフから『どこか行きたいところはありますか?』と聞かれたときに、すぐ『ボリビアにウユニ塩湖っていう塩の大地があって......』と反応できるし、テレビ番組の収録中に山盛りのカレーを見れば『まるでエアーズロックだ!』という表現がすっと出てくる。

子育てのことも、仕事が来る前から子どもの写真をたくさん撮ったり、子どもの言動を細かくメモしたりしていました。子育て番組をやることになったとき、『何かネタはありますか?』と聞かれて『膨大にありますよ!』と即答したほどです(笑)。今すぐにはお金にならない情報も、『いつか照英を助けるかもしれない』と思ってものすごくたくさんストックしているんですよ」

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この記事の執筆者

千葉はるか(Panchro.)
千葉はるか(Panchro.)

2000年に日経ホーム出版社(現日経BP社)入社。金融情報誌、デジタル情報誌の編集部で編集記者職に従事。2006年にリクルートに転職し、新卒向け就職情報誌の編集を手がける。2008年、エディトリアルデザイナー兼イラストレーターの姉とともに会社を設立し独立。フリーのライター・編集者として書籍、雑誌、ウェブサイト等の制作に携わっている。

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